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タルビヤ(イスラーム教育)-時節もの-五行-サウム(断食)
アッサラーム アライクム。
引き続き、シャーフィイー学派に則った、ラマダーンを迎えるためのおさらいを続けます。
今回は、
①斎戒の必須事項
②タブイート(床に着く前に気持ちを確認すること)がサウム成立の条件となるかどうかについて
③斎戒を解いてしまうものを戒めることに関して
④うっかり何かを口にしてしまった場合のサウムが無効となるかどうかについて
⑤食べるか飲むかして、わざとサウムを無効とした人に「カッファーラ(償い)」が義務付けられるかどうかについて
⑥ラマダーンの日中、意図的に夫婦の契りを交わした人へ義務付けられる「カッファーラ(償い)」のありかたについて
⑦夫婦がサウム中にキスをしたり、触れ合ったりすることについて
⑧サウムの礼儀
について復習します。
《斎戒の必須事項》
斎戒を成立させるには、次の二点を全うすることが肝要。
① 斎戒のニーヤ(意図、気持ち)を持つこと
② ファジュルからマグリブまでの間、斎戒を解いてしまうものを戒めること
<ニーヤに関して>
ニーヤを持つとは、斎戒をしようという気持ちを心の中で持つことである。その気持ちをあえて口にしなくてもよいが、むしろ逆に意識せず「サウムをします」という文言を口にするだけでは不十分。『あらゆる行いは、気持ち次第・・・』(アルブハーリーとムスリム出典)という預言者さま(祝福と平安あれ)の御言葉からも分かるように、習慣あるいは単なる動作と崇拝行為を区別するのは気持ちの持ち方次第だからである。
特にラマダーン月の斎戒を自覚するには、次の条件も満たすことが肝要。
①タブイート(床に着く前に気持ちを確認すること)
根拠⇒「ファジュルの前に斎戒の意図を明確にしなかった者に、斎戒はありません。」
(アッダーラクトゥニーやアルバイハキー出典)
من لم يبيّت الصيام قبل الفجر فلا صيام له.
②タアイーン(具体化)
心の中でどんな斎戒をするつもりなのか、斎戒の意図の内容を具体化すること。
③タクラール(繰り返し)
毎晩ファジュルの前にその日の斎戒の意図を明確にすること。ラマダーン月一ヶ月分のニーヤを一度明確にするだけでは十分とはいえず、毎日新たに与えられるイバーダ(崇拝行為)の機会をその都度再認識するためにも、ラマダーン月斎戒の意図を繰り返し明確にする。
とはいえ、任意の自発的な斎戒に関しては、タアイーンもタクラールも必要とはされず、正午前に何であれ斎戒の意図を抱けばよい。
根拠⇒アーイシャさま(アッラーのご満悦あれ)が伝える預言者さま(祝福と平安あれ)の御言葉。
「ある日のこと、「何か食べるものはありますか。」とお尋ねなさったので、私が「いいえ。」と答えると、「では、斎戒しましょう。」と言われたのでした。」(アッダーラクトゥニー出典)
حديث السيدة عائشة رضي الله عنها أن النبي صلى الله عليه وسلم قال لها يوماً: هل عندكم من غداء؟ قالت: لا. قال: فإني إذا أصوم.
(رواه الدارقطني)
≪タブイート(床に着く前に気持ちを確認すること)がサウム成立の条件となるかどうかについて≫
☆四大法学派の見解は、三つに別れる。
≪1≫マーリキー学派 ⇒ 義務であれ、任意であれ、あらゆるサウムに条件づけられる。
根拠⇒「ファジュルの前に斎戒の意図を明確にしなかった者に、斎戒はありません。」
という前述のハディースの普遍性
≪2≫ハナフィー学派 ⇒ カダーゥ(埋め合わせ)のサウムや
非具体的なナズル(誓約)のサウムに条件づけられる。
ラマダーンや具体的なナズル、任意のサウムには条件づけられない。
根拠⇒ブハーリーとムスリムが出典する教友サラマ・ブン・アル=アクワウの伝承
預言者さま(祝福と平安あれ)はアスラマ出身の男にアザーンを命じ、「すでに食事を済ませた人は今日の残りをサウムし、まだ何も口にしていない人はそのまま最後までサウムをしなさい。今日はアーシューラーの日だからです。」と人々に告げるように言われた。
論旨⇒アーシューラーの日(ムハッラム(陰暦1月)10日)にサウムするのは義務であっ
た が、ファジュル前に意志確認をしていなくてもイムサーク(日没まで抑制すること)が認められた点に注目。具体的に何のサウムかがはっきりしている人は、夜 間に意志確認をしなくても日中すればよいから。任意のサウムについては、アーイシャのハディースがその論拠となっている。
≪3≫シャーフィイー学派とハンバリー学派 ⇒ 義務のサウムすべてに条件づけられる。
根拠⇒アーイシャのハディース。
預言者さま(祝福と平安あれ)はファジュルの後で任意のサウムをしようとされた。
≪斎戒を解いてしまうものを戒めることに関して≫
① 飲食
少量であれ、わざと食べ物や飲み物を口にした場合は斎戒が無効となってしまうが、自分が斎戒中だということを忘れてうっかり口にしてしまった場合は無効とはならない。
根拠⇒教友アブー・フライラ(アッラーのご満悦あれ)が伝える預言者さま(祝福と平安あれ)の御言葉。
「自分が斎戒中の身であることを忘れて食べたり飲んだりしてしまった者は、斎戒を全うしなさい。アッラーが食べさせ、飲ませてくださったのです。」
(ムスリム(1155)、アルブハーリー(1831)の出典)
من نسي وهو صائم فأكل أو شرب فليُتمّ صومه، فإنما أطعمه الله وسقاه. (رواه البخاري ومسلم)
≪うっかり何かを口にしてしまった場合のサウムが
無効となるかどうかについて≫
☆四大法学派の見解は、二つに別れる。
≪1≫多数派(ハナフィー学派とシャーフィイー学派とハンバリー学派) ⇒ 無効とはならない。したがってカダーゥ(埋め合わせ)もカッファーラ(償い)も義務づけられることはない。
論拠⇒『忘 れて食べたり飲んだりしてしまった者は、斎戒を全うしなさい。』というハディースの明瞭さ。預言者さま(祝福と平安あれ)はうっかり何かを口にしてしまっ た者に対して「サウムを全うしなさい。」と言われた。もし無効となっていたら、「全うしなさい」とも、「サウムを」とも言わなかったはずである。
≪2≫マーリキー学派(イマーム・マーリクとその師ラビーア) ⇒ 無効となる。その日は最後までイムサーク(斎戒を解いてしまうものを抑制)し、後日その埋め合わせをしなければならない。
論拠⇒キ ヤース(類推)の基本を考慮。サウムは義務のひとつであり、もの忘れで何かを口にすることは義務の成立条件を損ねてしまうため、その埋め合わせをしなけれ ばならない。命令を全うするにあたっては、もの忘れでその命令実行義務が免除されることはないからである。 < SPAN lang=EN-US>
≪食べるか飲むかして、わざとサウムを無効にした人に
「カッファーラ(償い)」が義務づけられるかどうかについて≫
☆四大法学派の見解は、二つに別れる。
≪1≫ハナフィー学派とマーリキー学派 ⇒ 義務づけられる
論拠⇒わざと夫婦の契りを交わした者に対する規定からの類推(キヤース)。サウムの神聖さを冒したという共通点が考慮されるため。
≪2≫シャーフィイー学派とハンバリー学派 ⇒ 義務づけられない。
論拠⇒ハナフィー学派とマーリキー学派が論拠とする「ある男がラマダーン中にサウムを無効にしてしまい…」(マーリクとイブヌ・ジュライジュら出典)という伝承の解釈。「サウムを無効にした」という言葉は、同じ内容を伝えるほかの伝承との兼ね合いからも分かるように、夫婦の契りによってサウムを無効にした者のことが言われている可能性があるため。(わざと飲み食いした者の規定が言及されているわけではないとする)
② 身体の穴から口腔(ジャウフ-食道)に何かが入ってしまうこと
身体の穴とは、口、耳、鼻、性器、肛門のことである。
例えば耳への点滴は、耳が常に開いていて食道につながっているため斎戒を無効にしてしまうが、目への点滴(目薬をさすこと)は、目が食道につながっていないため斎戒を無効にはしない。肛門からの注射は、肛門が穴として開いていて体内につながっているため斎戒を無効にしてしまうが、血管への注射は血管が常に開いているわけではないため斎戒を無効にはしない。
ちなみに食事の味にうるさい夫を納得させるために、妻が料理の味見をしなければならない場合は、味見するだけでその後口から出すなら許可される(ジャーイズだ)が、できれば避けたほうがよい(マクルーフ)。
無理矢理に飲み食いさせられた場合は、自分の意志で斎戒を破ろうとしたわけではないので、無効とはならない。
③ 故意的な嘔吐…わざと吐こうとした場合はサウムが無効となるが、突然吐き気をもよおして吐いてしまった場合は、たとえその際に思わず胃から吐き出たものが少し口中から口腔(食道)にもう一度入ってしまったとしても、無効とはならない。
根拠⇒教友アブー・フライラが伝える預言者さま(祝福と平安あれ)のお言葉。
『サウムをしていて吐き気に襲われた人に、埋め合わせをする必要はありません。わざと吐こうとした場合は、埋め合わせをすべきですが。』
(アブー・ダーウード(2380)やアッティルミズィー(720)ほかの出典)
④ 故意的な性交…訳注-たとえば暗い寝室でファジュルの入り時刻を確かめることもできずに、まだ大丈夫だろうと思ってしてしまう場合は罪を負うことなく容赦されるが、後日カダーゥ(埋め合わせ)の斎戒をしなければならない。
≪ラマダーンの日中、意図的に夫婦の契りを交わした人へ義務づけられる
「カッファーラ(償い)」のありかたについて≫
☆四大法学派の見解は、二つに別れる。
≪1≫多数派(ハナフィー学派とシャーフィイー学派とハンバリー学派 ⇒ 順序どおり(奴隷解放、二ヶ月連続のサウム、60人の貧者への食事提供と可能な順に)
論拠⇒アブー・フライラが伝える預言者さま(祝福と平安あれ)のお言葉。
「ある男が預言者さまのもとへやって来て言いました。
「アッラーの御使いさま、私は身を滅ぼしてしまいました!」
預言者さまがそれに応えます。
『何があなたの身を滅ぼしたのですか?』
「ラマダーン中に妻と寝てしまったのです!」
『解放する奴隷はいますか?』
「いいえ」
『では二ヶ月続けてサウムをすることができますか?』
「いいえ」
『では60人の貧しい人たちに食事を施すことができますか?』
「いいえ」
男が腰を下ろすと、預言者さま(祝福と平安あれ)のもとにタムル(なつめやしの実)がのったお皿が持ち寄られました。
『これを施しなさい』
「私たちよりも貧しい者にですか?この町に住む家族で私たちよりそれを必要としている者たちはおりません。」
すると預言者さま(祝福と平安あれ)は、歯が見えるほどお笑いになりました。そしてこう言ったのです。
『行きなさい。そしてあなたの家族にこれを食べさせてあげるのです。』」
(アルブハーリー、ムスリム、アブー・ダーウード、アッティルミズィー、アンナサーイー、イブヌ・マージャ、アフマド出典)
論旨⇒あくまでも預言者さま(祝福と平安あれ)は、償いのあり方を順番に挙げられたから。
≪2≫マーリキー学派 ⇒ 三つのうちどれかを選択
論拠⇒マーリクとイブヌ・ジュライジュら出典の伝承では、同じ内容のハディースを「あるいは」と選択を促す言い回しで伝えられているため。
≪見解の比較≫多数派の見解が正しいとみなされる。選択の余地を生む「あるいは」という言い回しでの伝承は、自説を擁護するためにハディース伝承者が変えたのではないかと思われる。
⑤ 自慰行為…わざとやった場合はサウムが無効となるが、中には興奮しただけで漏らしてしまう人もいる。わざとでない場合は、無効とはならない。
ラマダーンの日中に口づけ等をすることは、男性であれ女性であれ、性的な刺激を感じる人であれば絶対避けるべきものとみなされる。たとえ性的な刺激を感じない人でも、やはり可能性を断つために避けたほうがよい。
根拠⇒アーイシャさま(アッラーのご満悦あれ)のお言葉。
『かつてアッラーの御使いさまは、サウムをしていながらも私にキスをしてくださいました。でも皆さん方の誰が、アッラーの御使いさまほどに自分の欲を抑えることができるでしょうか。(いいえ、誰にもできないはずです)』(ムスリム(1106)出典)
論旨⇒学 者たち曰く、「アーイシャさまが言いたかったのは、『皆さんはキスするのを控えなければなりません。預言者さまと同じようにキスをしてもかまわないなどと 思い込んではなりません。彼は自分をコントロールできる御方でしたから、精を漏らしたり、性的興奮を覚えたり、心を濁らせたりする恐れはありませんでした が、皆さん方がそれを保証できるわけではないからです。』ということである。」
≪夫婦がサウム中にキスをしたり、触れ合ったりすることについて≫
☆四大法学派の見解は、三つに別れる。
≪1≫シャーフィイー学派とハンバリー学派 ⇒ ジャーイズ(許可)
しかしそれがきっかけで精を漏らしてしまった場合は、「カダーゥ(埋め合わせ)」をしなければならない。妻を、あるいは夫を見て、あるいは夫婦の契りを想像して精を漏らした場合は、カダーゥをしなくともよい。
≪2≫ハナフィー学派とマーリキー学派 ⇒ 念のためにマクルーフ(避けるべき)
実際にそれがきっかけで精を漏らしてしまった場合は、「カダーゥ(埋め合わせ)」をしなければならない。妻を、あるいは夫を見て、あるいは夫婦の契りを想像して精を漏らした場合は、カダーゥをしなくともよい。
≪3≫マーリキー学派内の一説 ⇒ ハラーム
実際にそれがきっかけで精を漏らしてしまった場合は、「カダーゥ(埋め合わせ)」だけでなく、「カッファーラ(償い)」もしなければならない。そして妻 を、あるいは夫を見て、あるいは夫婦の契りを想像して精を漏らした場合も、カダーゥをしなくてはならない。そもそも性交の目的が射精であるため、サウム中 に禁じられた性交と同じ結果をもたらした以上、カダーゥをしなければならないとされる。
⑥ 月経と産褥…仕方のないことだが、どちらもがサウムを無効にしてしまうため、日中少しでも月経や産褥に見舞われた女性は、後日その埋め合わせをしなければならない。
根拠⇒教友アブー・サイードが伝える預言者さま(祝福と平安あれ)のお言葉。
女性は宗教において欠けたところがあるということについて尋ねられたアッラーの御使いさま(祝福と平安あれ)は、次のように言われたという。
『女性が月経になったら、礼拝もしなければ、斎戒もしないものではありませんか?』
(アルブハーリー(298)とムスリム(80)の出典)
⑦ 発狂と背教…そもそも「発狂」や「背教」は、人間からイバーダ(崇拝行為)を捧げる資格を打ち消してしまうため、そのどちらもがサウムを無効にしてしまう禁止要因となる。
以上、こうしたムファッティラート(斎戒を解いてしまうもの)とファジュルの入り時刻から日没までの間に関わってしまった場合(たとえばまだファジュルに なっていないだろうと思ったが、実はすでにファジュルの時間になっていたような場合)は、サウムは無効となるが、ラマダーン月の神聖さに敬意を表してその 日は最後までイムサークし(斎戒を解いてしまうものを避け)、後日その日の埋め合わせをしなければならない。
同じように、日中最後にもう日没になったものと思って斎戒を解いたが、実はまだ日没になっていなかったことが判明した場合は、サウムが無効となってしまう ため、後日その日の埋め合わせをしなければならない。例えばテレビのアザーンを頼りにするような場合は、衛星放送によるほかの地域のアザーンでないかどう か要注意である。
《サウムの礼儀》
サウムの礼儀は数多くあるが、中でも重要なのを挙げるとすれば…
① イフタール(斎戒明けの食事)をなるべく早くとること
根拠⇒教友サハル・ブン・サアドが伝える預言者さま(祝福と平安あれ)のお言葉。
「フィトル(斎戒明けの食事)を急いでいるうちは、人々もまだまだ捨てたものではありません。」(アルブハーリー(1856)とムスリム(1098)の出典)
لا يزال الناس بخير ما عجلوا الفطر. (رواه البخاري ومسلم)
② サフール(斎戒前の食事)をとること
根拠⇒預言者さま(祝福と平安あれ)のお言葉。
「サフールをとるようにしなさい。サフールにはバラカ(恩寵)があります。」
(アルブハーリー(1823)とムスリム(1095)の出典)
تسحّروا فإن في السَحور بركة. (رواه البخاري ومسلم)
「サフールをとるようにしなさい。たとえコップ一杯の水であっても。」
(イブヌ・ヒッバーン(「マワーリド=ッ=ザムアーン」884)の出典)
تسحروا ولو بجرعة ماء. (رواه ابن حبّان)
③ サフールをなるべく遅くとること
ファジュルの時間に入る少し前に食事をとることが勧められる。
根拠⇒預言者さま(祝福と平安あれ)のお言葉。
「イフタールを早めにし、サフールを遅めにしている限り、わたしのウンマ(信仰共同体)も大丈夫です。」(イマーム・アフマド(5/147)の出典)
لا تزال أمتي بخير ما عجلوا الإفطار وأخروا السحور. (رواه الإمام أحمد)
④ 身を慎むこと(悪口や陰口を避け、欲望を抑えること)
⑤ ファジュルの前に沐浴をすませること(グスルが必要な場合)
⑥ 斎戒明けの食事をとるときに、次の祈りを捧げること
「アッラーよ、わたしはあなたのために斎戒しました。そしてあなたを信じ、あなたの御恵みによって斎戒を解きました。渇きは失せ、身体は潤い、インシャーアッラー、報奨は確かなものとなりました。」
اللهم لك صمت، وبك آمنت، وعلى رزقك أفطرت، ذهب الظمأ،
وابتلّت العروق، وثبت الأجر إن شاء الله.
アッラーフンマ ラカ スムトゥ、ワ ビカ アーマントゥ、
ワ アラー リズキカ アフタルトゥ、ザハバ=ッ=ザマウ、
ワ=ブタッラティ=ル=ウルーク、ワ サバタ=ル=アジュル、
インシャーアッラー。
⑦ サダカや善行に励むこと、クルアーンの読誦や考察、マスジド(モスク)にこもること(特にラマダーン月最後の10日間)
「ある人が尋ねました。「アッラーの御使いさま、どのサダカが一番ですか。」曰く、『ラマダーン月のサダカです。』」 (教友アナスに伝わるアッティルミズィー出典のハディース)
عن سيدنا أنس رضي الله عنه قال: قيل: يا رسول الله فأي الصدقة أفضل؟ قال: صدقة في رمضان. (رواه الترمذي)
教友アブー・フライラ(アッラーのご満悦あれ)によると、アッラーの御使いさま(アッラーの祝福と平安あれ)は言われました。「ラマダーンに入ると、シャイターンたちは縛られて身動きできなくなります。そして天国の門は開けられ、地獄の門は閉ざされるのです。」
(アルブハーリーとムスリムの出典)
عن سيدنا أبي هريرة رضي الله عنه أن رسول الله صلى الله عليه وسلم قال: إذا دخل رمضان، صُفدت الشياطين، وفتّحت أبواب الجنة، وغلقت أبواب النار. (رواه البخاري ومسلم)
والحمد لله ربّ العالمين
あらゆるものの主、アッラーにこそ
すべての称讃あれ
それでは皆さん、アッラーの祝福に満ちたよい週末を♪
皆さんにアッラーのご加護と祝福がさらに豊かにありますように♪
アブー・ハキーム
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