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イスラームとは?
「イスラーム」とは、「帰依(信じておすがりすること)」を意味します。つまり、「アッラーの存在を信じ」て、「アッラーに従う」ことをいうわけです。
「アッラーの存在を信じる」とは、アッラー以外の「神と崇められているもの」や「不思議な(神のような)力」などを認めないということです。
では、一体どうして他のものを「神」と認めないのでしょうか。
それは「無」からアッラーの「あれ」という言葉によってこの世の全てができたからです。太陽や月、山や川などの自然も「自然に(なんとなく偶然に)」できたのではなく、アッラーの「(このように)あれ」という言葉で生じたのです。
この素晴らしい自然、宇宙、そしてその中に存在する様々な現象…。これらは素晴らしく、人間には太刀打ちできないような素晴らしい性質や力を持っていますが、これはそうした「自然」そのものが、「宇宙」そのものが、「現象」そのものが素晴らしいのではありません。そのように「あれ」と力と性質をお与えになり創造されたアッラーこそが素晴らしいのです。
一つ一つのものがお互いに複雑に作用しあっているこの世が「自然に(なんとなく偶然に)」できたり、「別々の(神のような)力」がばらばらに作用して何十億年も続いていたりするというのは不可能で、「唯一絶大なるこの世の設計士」である唯一の力(=アッラー)以外に、世界の創造を成し遂げることはできないでしょう。
アッラーは、「イスラームの神」という意味ではありません。
アラビア語でこの世に「唯一いらっしゃる真の神」を意味します。
「唯一いらっしゃる真の神」という意味を「アッラー」という言葉以外でそっくりそのまま表現することはできません。
それは日本語の「もったいない」という言葉の意味を他の言葉でそっくりそのまま言い換えることができないので「MOTTAINAI」が世界共通語になったことと似ているかもしれません。
アッラーは単に「唯一いらっしゃる真の神」というだけではありません。
「慈悲深き(とても慈悲のある)御方」
「慈愛あまねく(全てのものに慈愛をたれる)御方」
「とても寛大な御方」
「平和の御方」
「保護・守護して下さる御方」
「糧・恵みを与えて下さる御方」
「全てをご存知の御方」「全てをご覧になる御方」「全てをお聴きになる御方」
「無からの創造をされる方」
「(呼びかけに対して)お応えになる御方」
「いと高き御方」
「永遠に自存される(誰の助けも必要とせずに何不自由なく存在できる)御方」
「公正な御方」等々…
もちろん「優しい」だけでなく、厳しい御方でもあります。
「禁じる御方」
「報い(罰)を与える御方」
「正しく裁く御方」等々…
それは「公正な御方」「正しく導く御方」「益を与える御方」だからこその厳しさなのです。
「寛大な御方」だからこそ、罪を後悔してアッラーに赦しを乞う者に対して
「何度でも赦して下さる御方」
「人間の悔悟(罪を悔やむこと)を受け入れ赦す御方」
「人間の罪を(罪がなかったかのように)記録から消し去ってくださる御方」
「人間の罪を覆って(見えなくして)くださる御方」
なのです。
これら全てをお持ちの「唯一なる真の神」がアッラーなのです。
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